「顔の見える」多職種連携への挑戦横手市立大森病院
病院長 小野剛

秋田県南部に位置する横手市は、平成の大合併により8市町村が合併してできた県内2位、約10万人の人口を有する都市です。
横手市の西部、旧大森町の地域医療を担う「市立大森病院」の周辺には、広大な敷地に市営介護施設群が建つ「健康の丘おおもり」が広がっています。
公的病院による医療・介護の「総合施設」を20年に渡ってリードし続けてきた、市立大森病院の院長、小野剛先生に、その成功のポイントや地域医療への「想い」を伺うためインタビューをお願いしました。

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行政、病院・介護施設職員と「同じ方向を向いて」歩んだ20年
choice-oomori16.jpgGALENUS) 「健康の丘おおもり」設立の経緯を伺えますか?

小野先生) 複数の介護施設を大森病院の周辺に作り、多職種連携の中で医療・介護が連動したサービスを提供する、「健康の丘おおもり」の構想を発案したのは、市町村合併によって横手市の一部になった旧大森町の町長です。

約20年前、大森町の町長が「健康の丘おおもり」実現のために、その実行役となる医師を探すため、私が当時勤務していた大学の教授に相談したところ、私に声がかかりました。

「教授の命令」ですから、逆らえませんよね。でも、まだ大学に残って研究を続けたい、という想いもあり、「2~3年勤めれば大学に戻れるのでは」とも考えながら、拝命しました。

当時の大森病院は、医師3名が所属する特例許可の老人病院で、正直なところ活気がない病院でした。しかし、町長に会い、医療・介護一体の施設の構想を伝えられ、自治医大を卒業してから県内の病院で診療をしながら感じてきた地域医療の課題が、この構想を実現すれば解決できるのでは、という想いが湧いてきました。

院長になって最初に、病院・介護施設職員を集めて、「病院・福祉・行政、役割ごとに縦割りになっている組織の壁を取り払い、フラットな関係性で新しい施設を作っていきましょう」と話をしました。

職員は、地域の課題を町長と同じように感じていたのか、反対意見や抵抗はほとんどありませんでした。むしろ、「そうだ」と皆が同じ方向を向いて、「健康の丘おおもり」を実現するために協力してくれました。

当初は、病院と特養が既存施設としてありましたが、そこから、老健、居宅支援センターを作り、役場から市西部包括支援センター、保健福祉センターを敷地内に設置していきました。

病院と老健を廊下でつなげたり、病院から歩いていける距離に医療・介護の施設を作ると、検査を受ける、入院するといった際にも患者さんはもちろん、従事者への負担が少なく移動できるようになります。

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「健康の丘おおもり」施設内では利用者の笑顔があふれる。居宅支援センター(左写真)では「厳しい冬もここなら安心して過ごせる」との声も。


何より、「健康の丘おおもり」が出来たことで、病院と介護施設・行政職員の、「顔の見える連携」が実現しました。

「健康の丘おおもり」では皆が顔見知りです。となりの建物まで歩いて行けば、すぐ話ができます。私が介護施設に行くと、職員から「この前の患者さん、こういう症状が出ていましたよ」と、自然に声をかけてきます。施設間、他職種の人と人の日常的な連携が、患者さんや利用者の状態の把握になり、サービスの質向上につながっていると実感しています。

外来に来た患者さんで、生活環境が気になる方がいれば、健康の丘おおもり内の地域包括支援センターの常勤の保健師に私から声をかけて、患者さんの自宅を訪問してもらいます。そうすると、「一人暮らしでした」「家がものすごく散らかっていて」と生活状況が見えてきて、結果、認知症の発見につながることも多いのです。

保健師は、地域により近い存在ですから、医師と保健師が密接に連携していけば、病院の外に対しても目が行き届くようになります。


当院の周辺には、開業医が数名だけで、他に医療施設はありません。外来から2次救急まで、この地域の医療は私たちが担っています。

ですから、外来も非常に重要で、ほとんどの疾患を診られるよう検査機器を揃えなければなりませんから、経営的には大変です。

一方で、一人の患者さんの医療・介護をトータルで診ることができる健康の丘おおもりの体制は、患者さんの立場に立てば、一貫したサービスをシームレスに受けられる理想的な環境です。

専門職が連携し、医療・介護を同じ場所で、トータルで提供していくうえで、「タクトを振る」のは医師でなければいけないと考えています。

医療・介護の職員に対して指示を出したり、患者さんに対して診断をしたり、薬を処方できるのは医師しかいないからです。

また、職員に対しては、「同じ方向を向いていこう」と言い続けています。その方向が示す先は「患者さん中心」です。

医師が率先して方向を指し示し、チームが、そして病院が同じ方向を向いていなければ、多職種連携によるメリットは生まれません。

『地域の医療・介護を担うのは私たちしかいない』という責任感に訴えながら、時には酒を酌み交わしながら、率直に立場を越えて意見交換をして交流を深めています。

choice-oomori22.JPGchoice-oomori21.JPG「健康の丘おおもり」内の医療・介護スタッフを対象とした「夕暮れ勉強会」の様子。業務時間後の自由参加にもかかわらず、多くの職員が参加。医療・介護スタッフが同じ時間・場所に集う勉強会等のさまざまな取り組みを通して、連携強化と共通認識の醸成を図っている


GALENUS) さまざまなご苦労と喜びの中で、患者さんにとっての理想の環境が生み出されています。印象に残っている出来事を伺えますか?

小野先生) この構想の最大の危機は、市町村合併により旧大森町が消滅したときに訪れました。それまで培ってきた構想や理念が、新しい行政組織の中でリセットされ、施設の価値が経営的に黒字か、赤字かで判断されそうになる、という事態が起きました。

しかし、危機を救ってくれたのは、長年一緒に汗を流して、この施設群を作ってきた幹部職員たちでした。

特養の施設長から、合併後の地域包括ケアセンター長に就任した職員が中心になり、新横手市の役所内で、大森町がめざしていた理念と実現できている成果を説明し、周囲を説得してくれました。その結果、行政側の理解やバックアップも従来通り受けられるようになり、今に至っています。


GALENUS) 20年間、地域医療の充実に邁進してきた原動力を教えていただけますか?

小野先生) 最も励みになるのは、患者さん、利用者の方からの声です。「市立大森病院と健康の丘おおもりは、家にも来てくれる、具合が悪ければ入院させてくれる、家での介護ができなければ施設に入れてくれる。この施設があってよかった」という声が、モチベーションにつながっています。

また、当院と「健康の丘おおもり」には500人の職員がいます。この地域で、専門職と資格を持った若い人たちがいきいきと働ける場所を作っていかなければ、地域は成り立ちません。

そのために、リーダーシップを発揮して、この施設を守っていかなければ、と思っています。

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「健康の丘おおもり」は、地域の雇用も生み出す貴重な職場でもある。
(左写真)保健師の黒澤あゆみさん。「配属されてまだ1か月ですが、院長から日に何回か直接電話がかかってきます」


多職種連携の先にある「地域づくり」

GALENUS) 「健康の丘おおもり」で顔の見える多職種連携を実現された今、先生がめざす地域医療の「これから」を伺えますか?

小野先生) 「健康の丘おおもり」で実現した地域医療のモデルをさらに大きくしていきたいと考えています。

横手市は高齢化率がすでに30%を超え、10年後には40%を超えることが予想されます。人口も減り続けていますから、このままでいけば「コミュニティの機能低下」が避けられません。地域医療や地域包括ケアは、コミュニティが機能していないと成り立ちません。

これからの当院と「健康の丘おおもり」が手掛けなければならないのは「地域づくり」です。

「地域づくり」の一環として、当院に隣接する県の老人福祉施設で、住民が気軽に運動できる「健康の駅」を立ち上げました。さらに、市と一緒に「高齢者の自立支援」をテーマに地域の高齢者が集い、病気を予防するための施設を作る構想を考えています。

そして、訪問介護や訪問看護といった在宅のサービス、行政側の保健師や民生委員とも連携しながら、地域住民を見守り、積極的に支援する体制を作っていきたいと思っています。

病院に来てくれた方だけでなく、病院に足を運べない方に対しても、身体に問題があれば保健師が訪問をして介入し、訪問診療などの医療・介護のサービスを充実させて、地域づくりに寄与する医療・介護の仕組みを構築していきます。

当院のような、地域に密着した病院は、医療・介護サービスの提供だけでなく、住民への生活支援・予防医療の提供による「地域づくり」にどれだけ貢献できるか、がテーマです。当院と「健康の丘おおもり」に集う地域住民のために、より良いサービスを追求していきたいと思っています。


GALENUS) 「健康の丘おおもり」のような多職種連携の成功例を実現していくには、何が必要なのでしょうか?


小野先生) 課題はハード面です。国の方針は、地域ごとの在宅医療整備・医療提供体制の整備を掲げています。公立病院が医療を担う地域では、公立病院への補助金や基金を活用しながら、医療・介護・行政が一体となった施設群を作っていくことが必要です。

もう一つ欠かせないのが、『かじ取り役=リーダーシップ』です。

地域医療・地域包括ケアが機能している地域では、中心となる医師が活躍しています。先ほど述べたように、医師がリーダーシップを発揮して、医療・介護の他職種と連携し、介護から、看護・看取りまでの視野を持って、ひとり一人の患者さんをケアしていく体制を作っていくことが、住民のニーズに合った地域医療の提供につながります。

そして、地域医療・地域包括ケアの仕組みを成立させるには、その地域のコミュニティが健全に機能していることが必須条件になります。

医療・介護の多職種連携を軸にして、生活支援・予防医療を行うことで、コミュニティを活性化し、「地域づくり」を実現していくことが、地域医療・地域包括ケアを成功に導くカギになると考えています。

GALENUS) 本日はお忙しい中、ありがとうございました。


横手市立大森病院 小野剛先生 プロフィール
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1957年生まれ 秋田県出身
1983年 自治医科大学卒業。
1983年 秋田大学医学部附属病院研修医。
1985年 町立羽後病院医長。
1991年 秋田大学医学部第一内科助手。
1996年 町立大森病院院長。
2005年 市立大森病院院長(市町村合併による)

全国国保診療施設協議会常務理事
全国自治体病院協議会中小病院委員会委員
全国自治体病院協議会診療報酬委員会委員
秋田県地域医療対策協議会 委員


院長室に飾ってある額には、『忘己利他』(もうこりた)の文字が。自治医大の初代学長を務めた中尾喜久先生の揮毫によるもの。

<取材にご協力いただいた、病院職員・市職員・各施設長の皆様>

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(左写真)市立大森病院事務局長 金澤和彦さん 事務局長として、財務と人事面から大森病院を支え、行政と病院の橋渡し役を務める。
(中央写真)横手市健康福祉部長・福祉事務所長 佐野司さん 地域包括支援センターや特養の責任者を歴任後、健康福祉部長に就任。行政の側から「健康の丘おおもり」を支える役割を担う。
(右写真)健康福祉部 介護老人保健施設 老健おおもり 事務長 渡辺勇進さん 大森病院と渡り廊下でつながる「老健おおもり」の事務長として、大森病院との連携を密にし、利用者の方が便利に、安心して過ごせる施設の実現に尽力。

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(左写真)健康福祉部 特別養護老人ホーム白寿園 施設長 金田紳一さん 大森病院に隣接する特別養護老人ホームの施設長として、病院との人材交流・情報連携に力を入れる。
(中央写真)健康福祉部 地域包括支援センター 所長 佐藤明雄さん 「健康の丘おおもり」内にある、地域包括支援センターの所長として、地域の医療従事者の連携強化と、市民への情報発信に力を尽くす。
(右写真)横手市まちづくり推進部 大森市民サービス課 課長 佐藤育三さん 「健康の丘おおもり」内にオフィスを構える大森市民サービス課の課長として、保健師の方の巡回や相談窓口での相談受付を通して、市民の健康を守り、コミュニティを活性化させる業務を推進している。


special thanks to Dr.ONO/photo by YASUHIRO SEINO/text by GALENUS
appeared in 2015/04/27