航空医療を活用する『次世代型地域医療』を見る 航空医療を活用する『次世代型地域医療』を見る医療法人弘恵会ヨコクラ病院
副理事長兼院長代行 横倉義典

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「ヨコクラ病院」のある福岡県みやま市は、県の南部に位置する人口約4万人の高齢化が進むよくある地方都市のひとつです。
2014年10月、病院の新築移転に合わせて、病院機能のひとつに『航空医療』を取り入れた「ヨコクラ病院」を起点に、地域医療の新しい歴史が幕を開けました。

航空医療に地域医療の未来はあるのか?

ヨコクラ病院の新築移転の陣頭指揮を執り、病院経営と平行して精力的に臨床も行う、副理事長・院長代行の横倉義典先生にお話を伺いました。


突然「病院経営」を任されることになった中での病院新築移転計画
150302_Dr.yokokura4.jpgGALENUS) 2014年10月に病院を新築移転されましたが、先生が新築移転プロジェクトの陣頭指揮を執ることになった経緯を簡単にお伺いできますか?

横倉先生) 計画が持ち上がった平成21年ごろ、私は久留米大学医学部で心臓血管外科に所属をしておりまして、ドイツへ留学をしている最中でした。留学もそろそろ1年、と言うところで「病院を建て直すから戻って来い」と理事長から話がありまして熟慮の上、帰国をしました。

「いずれは跡を継ぐためにヨコクラ病院へ入職する」と漠然と考えていましたが、ちょうどこの頃、父であり理事長の横倉義武が、日本医師会副会長の拝命を頂く時期と重なり、急転直下、病院経営という、初めての領域に飛び込まざるを得なくなりました。

ただ大学には、留学までさせて頂きながら離れなければならない状況となり、大変申し訳なく思っています。

GALENUS) 病院経営の指揮を執るという急なお話の中、ご苦労も多かったのではないですか?

横倉先生) そうですね。直前まで大学にいましたから、病院経営はもちろん、医師会との関わりも薄い環境でしたから、はじめての経験が多かったですね。理事長も病院を離れている時間が長く、就任当初は本当に大変でした。

例えば、机の上には決裁書類の山ができますし、各部からの報告や相談も数多くあります。新病院の設計も平行して動かさなくてはなりませんから、今まで経験のない仕事を含めて、膨大な作業をこなさなければなりませんでした。

幸い病院は24時間365日動き続けていますから、経営上大きな問題は起き難いのですが、私自身が試行錯誤の連続でしたから、そういう意味で考えると、ひどい目にあいました(笑)。

GALENUS) 試行錯誤の連続の中、完成にこぎつけた「新ヨコクラ病院」ですが、コンセプトや地域における役割はどのように設定したのでしょうか?

横倉先生) 副理事長の就任が決まったときは、「建て替える」ということだけが決まっていたので、マーケティング調査も、コンセプトも設計も、ゼロから作り上げる状況であること、また、理事長も積極的な関与が難しい状況でしたから、こちらからの「報告・連絡・相談」を基本に、私が中心となり動かしていくスタンスでした。

まずは、改めて地域医療の現状把握や、自院の患者さんの状況などのマーケティング活動のため、調査やデータ収集から始めました。

とはいえ、職員は「目の前の患者さんをどうするか?」に集中していますし、医療従事者としての職務に励んでいますから、患者さんの属性調査や居住地調査など、自発的にマーケティングに踏み込む環境はありませんでした。

ですから、調査やデータ収集などは、各部へ細かく指示を出すところから始めました。例えば、来院数の分析を行う際も、駐車場の車の台数を時間毎、曜日毎にカウントさせるという要領です。

こういった自院の把握と平行して、医療圏の分析にも時間を割きました。

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GALENUS) ヨコクラ病院が担う医療圏は、どのような特徴があるのでしょうか?

横倉先生) 二次医療圏で言うと「有明医療圏」に属するのですが、いろいろな客観データを把握するに連れ、非常に恵まれている環境であり、存在すべくして存在をしていると改めて実感しました。

「ヨコクラ病院」のある福岡県みやま市は、南は大牟田市、北は柳川市と郡部が広がります。国道208号線と209号線が交差し、JRと私鉄の駅も病院から近く、交通の要所です。

しかし、交通網や地域の発達と比例して医療資源は増えることなく、昔から医療過疎であり、私の祖父が無医村という理由からこの地に根をおろしたことも、改めて理解できました。

以前から市内で24時間365日受け入れるのは当院のみで、地勢からも環境からも、存在価値を大きく発揮できていると考えています。

そして、今回の新築移転を考える上で競合性を含むことなく『この地域の医療をどうするか?』という部分に集中できたことは、とても恵まれていることと思います。

GALENUS) 病院機能について、全日病をはじめ様々な団体や方面から熟慮を尽くすべきであるという提言や指針が出ていますが、病院機能の変化や変更はありましたか?

横倉先生) 中長期的な地域の人口動態や変化を踏まえ、病院機能に関しては検討に検討を重ねました。

みやま市の人口動態を見ると、高齢者率は32%で、高齢者向け施設もたくさんあり充足しています。在宅や療養も含めて平均的な状況と比較すると「高齢化」は、すでに安定期に入った地域と見て良いと思います。

そして、今後のこの地域は「人口が急減する」という問題に直面します。高齢化と言っても「人」はいるわけですが、高齢化の先には「人がいない」という状況が待ち受けています。ここに対するケアを考えることがとても大切で、病院機能すべてを回復期専門や療養専門にするという選択も、もちろん検討しました。

というのも、20年後、30年後という中長期を考えた場合、この地域は人口減少のど真ん中ですから、そもそも人がいないということになる。消滅可能性自治体というようなデータも出てきましたから、本当に病院を建て直してプラスになるのかどうか?というところもしっかり検討しました。

しかし、地方の小さな病院とはいえ、年間1400台の救急車が来ますから、この地域に唯一の急性期病院をなくすことは、現実的ではありません。

様々な検討を行った上で、新病院への移行時に病院機能の大幅な変更はしませんでした。


マーケティングから導き出した「航空医療」を聞く
150302_Dr.yokokura5.jpgGALENUS) 病院機能の大幅な変更をされていないとはいえ、目を見張るのがヘリポートです。「航空医療」という選択をされたのは、どのようなことからなのでしょうか?

横倉先生) 航空医療を実践したいと思ったのは、当院で、2012年に福岡県で初めて、乗用車型ドクターカーを導入してからです。

この地域は先ほどご説明したとおり、国道の交差する交通の要所で、交通事故による多発外傷が頻繁に発生します。また脳卒中など、治療開始までの時間が非常に重要な疾病もありますから、地域で唯一の急性期病院の当院へ、救急事案が集まってきます。

しかし、高次機能病院への搬送が必要な患者さんが発生した場合、近隣の久留米市内の病院まで陸送で40分。また、受け入れが難しければ福岡まで1時間かかります。

このような状況の中でドクターヘリとの連携は、旧病院時代から非常に緊密でした。

福岡県内のドクターヘリは、全国で5番目に久留米大学が運行を開始していて、僕自身、久留米大学出身ですから、救命センターやフライトドクターなどのスタッフは顔なじみだったりします。

そんな兼ね合いもありながら連携を深めていくにつれ、ドクターカーや救急車と、ドクターヘリのランデブーに時間がかかることがネックになっていました。

例えば、旧ヨコクラ病院へ搬送された患者さんをドクターヘリで搬送する場合、近隣の小学校の校庭を利用します。

しかし、時間を争う患者さんがいるにも関わらず、旧病院から学校までの搬送に10分、ヘリが降りるためには、警察の出動、ポンプ車による散水が必要ですし、引きつぎなどの時間を入れると、陸送とあまり変わらないのでは? というくらい手間がかかります。

この地域でドクターヘリとの連携を度々行ってきたからこそ「病院にヘリポートがあればもっとスムーズに連携できる」と思ったことが、航空医療へ踏み出すきっかけでした。

これからは、高次機能病院への搬送が必要な患者さんが発生しても、当院のヘリポートでコネクションできるという「航空医療」を活用し、隣の病院に行く感覚で、久留米や福岡の高次機能病院とスムーズに繋がる。医師会をはじめ地域の先生方との連携も含めて、地域に、より大きな安全と安心を提供できます。

今回の新築移転をきっかけに、マーケティングや病院機能の検討を重ねることで当院では、「航空医療」というひとつの結論に達しました。

高齢化社会を迎え、病院を中心とした「街づくり」をしなければならないと、よく言われますが、当院を取り巻く環境を置き換えれば、24時間365日救急受け入れを行い、高次機能病院ともヘリでコネクションしている病院がある地域ですから、住民にとっては安心材料のひとつとなりますし、地域の価値上昇にも寄与できるのではないかと考えています。

過疎地域と言われていても今後は、住民が流入してくるような施策に、当院を活用してもらえるよう努力を重ねて行きたいと思います。

残念ながら今の時代は、病院が淘汰されることが当たり前になりつつあります。しかし、淘汰されるのを黙って待つのではなく、地域医療を守るためにも様々な施策を実行し、生き残っていかなければなりません。

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大切なことは、東京のような大都市であろうと、私たちの地域のような過疎地であろうと、地域を支えているのは自分たちであるという自負と、代わりは居ないという責任感だと思います。

私を含めてこれからの病院経営者は、親や親戚を継ぐケースが多くなります。悪くいえば2代目、3代目ですが、逆もまた真なり、使命感を持って、覚悟を持って、取り組める環境が整っている人たちこそ、2世や3世と思います。

今、臨床だけでなく病院経営にも携わっていますが、これは『僕の使命だ』と思っているんです。

「父の後を継ぐ」というだけではなく、こういう「使命」を果たそうとしている人たちは、全国にたくさんいると思うんです。その人たちが、ネットワークでつながれば、ますます強くなるのではないかと思います。

「自分の命の使い方」「使命の果たし方」に気づいている人は限られますが、これからの日本は安穏と過ごせる時代ではありません。同じ志を持つ仲間と手を取り合っていかなければ、生き抜いていけません。

理想ばかりではなく、地域のニーズを見定めれば、その中から必然的にやるべきことが見えてくるはずです。

だからこそ、競合するのではなく、手を取り合って自分たちの担う地域のことを考え、その地域を盛り上げることが、病院に携わる者の「使命」であり、それを全うするための仕事をもっともっとしていかなければなりません。

「航空医療」というツールも活用しながら、新しい時代に寄り添える病院であるべく、今後も努力をし続けて行きたいと思います。

GALENUS) 本日はお忙しい中、ありがとうございました。

医療法人弘恵会「ヨコクラ病院」副理事長兼院長代行 横倉義典先生プロフィール150302_Dr.yokokura7.jpg

横倉義典(よこくら よしのり)
福岡県出身/久留米大学医学部卒業
社団法人大牟田医師会 監事

2001年4月/久留米大学外科学講座入局
2003年4月/久留米大学外科学講座心臓血管外科専攻
2008年3月/久留米大学大学院医学部研究科卒業
2009年4月/ドイツ連邦共和国ミュンスター大学血管外科St.Franziskus病院留学
2010年4月/医療法人弘恵会「ヨコクラ病院」入職
2010年5月/医療法人弘恵会 副理事長
2012年4月/医療法人弘恵会「ヨコクラ病院」院長代行